「少年サッカーは、こんなに窮屈なの?」 ”執着”と”期待”による「移籍阻止」に驚いた

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私はサッカーが好きなので、ネット上で公開されている記事もよく読むのですが、最近読んだ記事の中で驚くべき内容のものがありました。それが「少年サッカーの移籍問題」。地域によっては、所属クラブを変えることができないというルールがあるとか。「いったい、いつの時代の話なの?」という感じです。

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クラブを変えることができない

フォローしているサッカー関連のアカウントから流れてきた記事に気になるものがありました。「Football EDGE」さんのコラム「【少年サッカー移籍問題3】 中から届いた保護者、指導者の叫び。子どもたちの環境を良くするにはどうすればいい?」です。

この記事はシリーズになっていて、「【少年サッカー移籍問題】大人の都合で理不尽なローカルルールが横行。サッカーをする場を奪われる子どもたち(1)」からスタートするのですが、その内容がスゴイ!

あるチームに所属している小学生のお子さんが、チームを移籍したいと申し出ると、
(実際にはそんなルールはなくても)指導者から「移籍はできない」と言われたり、

別のケースでは「移籍したら半年間公式戦出場停止」と言われるなど、

もう、「ゴッドファーザーの『血の掟』じゃないんだからさぁ」と言いたくなるような、脅しで相手の手足を縛ることをやってるみたいなんですね。相手、小学生なんですけどね。

私も小学生の頃に部活を変えているので(ブラスバンド→バスケ)、その頃のことを振り返ると、確かに移籍に対して冷ややかな目を向けられた記憶もあります。ブラスバンドのメンバーと校内ですれ違っても無視されるとか。

それについては私も、彼女達に不満があったからこそ移籍したわけで、ある意味「願ったり叶ったり」で何の問題もありませんし、その一方で、指導者からは「移籍はできない」「試合出場停止」なんて言われたことはないので、移籍やその後の活動には、支障はありませんでした。

それと比べると、今の少年サッカーの移籍問題は比較にならないほど深刻ですね。


IMG 7562

(プロでも契約期間が満了すれば自由に移籍できるのですが、契約もしていない小学生が移籍できないとは…)

「移籍阻止」の理由にも驚き

シリーズ第3弾の「【少年サッカー移籍問題3】日本中から届いた保護者、指導者の叫び。子どもたちの環境を良くするにはどうすればいい?」では、このような「移籍阻止」が行われるようになった背景にも触れられていて、

ある地域の少年団の選手たちが、新しくできたクラブチームに移籍した結果、少年団の人数が大幅に減ってしまい、活動に支障をきたすようになってしまったと。そのような状況を作らないために、移籍に制限をかけようと(以下略)

という事情が説明されているのですが、自分たちのところに人が集まらないから囲い込みするって、そんな身勝手な理由が認められるわけないですよね。

たしかマンガの「MAJOR」でも、主人公の吾郎の小学生時代、所属する野球チームがメンバー不足で活動ができなかった時に最初にやったのが、メンバー集めだったとだったと思うのですが、「人数が足りなければ自分で集める」というのが普通じゃないでしょうか。学校の部活や大学のサークルも同じですよね。

ビジネスで考えても、たとえばスマホのキャリアの場合、競合する新しいキャリが出てきてお客さんが流出することは当たり前のようにありますが、

その際にやるべきは、競合するサービスを研究して、お客さんに戻ってきてもらえるように、サービスと料金設定を見直し、再度それをアピールすることでしょう。

間違っても、
「解約できません」とか「他社に移ったら1年間スマホ使えません」
などと脅してお客さんを囲い込むことなんて考えないでしょう(できるわけないですけど)。

「チームを存続させたい」という気持ちは、分からなくはないですが、そのやり方として「移籍阻止」という方法を持ち出すのがいかに不当であるかは、言うまでもないでしょう。

また、この記事には指導者側の「移籍阻止」を肯定する意見も掲載されています。
(Football EDGEさん、この辺の意見の取り上げ方はとてもフェアです)

たとえば、

移籍の自由は、クラブのつまみ食いの自由』のようになってもいけないと思います。うまくいかないことがあれば、すぐに移籍、試合に出られなければ移籍というように。
ー中略ー
どのクラブも選手にたくましく育ってほしいと思い、長い目で見てあえて試練を与えていることもあります。


と言う意見。

うーん、志としては正しいようにも思いますが、”どのクラブも”という点にはひっかかりますし(中には感情的になって選手を押さえつけているだけの指導者もいるでしょう)、指導者のやり方を”試練”と感じるかどうかは、結局、選手次第なんじゃないでしょうか。

「これは”試練”で、この”試練”を乗り越えれば成長できる」と思っている選手は、何も言わなくても残ると思うんですよね。そこには指導者への敬意とお互いの信頼関係があるはずですから。「移籍阻止」のルールで縛らないと他へ行ってしまうような関係では、敬意も信頼も構築できてないはずですから、そのまま居続けても成長はないように思います。

また、

(移籍自由は)勝手すぎる。仕事と一緒。自分が辞めたいからって、辞めたい時に会社を勝手に辞められますか?

という意見。

まず、小学生のサッカースクールって、通常お金払って行くもので、仕事ではないです。

あと、「辞めたい時に会社を辞められますか?」って、「辞められるけど?」と言うしかないですね。やめられないとしたら、会社の方が問題。

体調崩したり、転職が決まったりしても、「絶対に辞めさせないぞ!」とか言いそうな会社は、近づいちゃいけない会社ということです(もちろん、”勝手に”はダメですよ。礼儀として)。

なので、この意見について言えば、「1度所属した組織にはずっといるもの」といったゴッドファーザーのような思い込みがそうさせているということで、コルレオーネファミリー以外にはちょっと通用しづらいかと。

いずれにしても、指導者側の”都合”や”選手への片思い”によって、移籍阻止のルールができているようで、そんなものに縛られながらプレーしなければいけない小学生の選手達は大変です。

”執着”と”期待”にはご用心

ここまでの流れでは、「移籍阻止のルールで小学生を縛る指導者を断罪する!」ような勢いですが、そうではありません。

もちろん、こんなルールはバカけているので、とっとと変えて自由に移籍できるようにすべきと考えていますが、先ほど見てきた、指導者側の”都合”や”選手への片思い”といったものが、不合理な結論を導いている点については、私たちにも同じ事が起こる可能性があり、気をつけなければいけないと考えているのです。

移籍阻止のルールを作るきっかけになったのは、

「クラブを存続させたい」

「選手はこのクラブに居続けて欲しい」

という指導者の”執着”や”期待”でした。

それ自体は、人間なら誰しもがもつようなもので、決して責められるようなものではありません。

ですが、それが前面に出すぎると、

自分の利益だけを優先しすぎて、全体の利益を害する結論を導いてしまったり、

勝手に期待しただけなのに、それが報われないと裏切られたと感じて失望し、
相手を責めてしまったり、


とろくなことがないです。

お釈迦様は「執着を捨てること」を説いたそうですし、
元ジェフユナイテッド市原監督のオシムさんは「失望は期待しすぎが原因」と言われ、期待しすぎる方に問題があることを指摘しています。

「自分の中にある”執着”と”期待”によって見失っているものはないか」と
自らを省みることを忘れないように、と今回の記事を読んで自戒したところです。

まとめ

”執着”と”期待”はほどほどに。

おまけ

小学生のスポーツってこんなに窮屈なんですね。
ここは大人が何とかしてあげないと。

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